厄年は日本だけの文化?海外には厄払いの概念はないのか?

豆知識

世界各地には、日本の厄年に類似した概念が存在し、特定の年齢が不運とされ、それを払うための独自の風習があります。

これらの風習は国によって異なり、面白くもあり、文化的背景に基づいています。日本における神社でのお祓いなど、宗教的要素を含む行事は、海外から見ると特に興味深いものに思えるかもしれません。

この記事では、厄払いの習慣が世界的に見て珍しいものなのか、海外の視点から見た厄年と厄払いはどう思われているのか、さらにはその背景や起源について触れます。

日本文化に興味がある方や、海外の人に厄年を説明したい方に向けて、話の種を提供します。

日本の厄年や厄払いに対する海外の反応って?

多くの国々には、日本の厄年や厄払いに類似した慣習が存在します。これは、年齢によって運命を決定するという共通の観念に基づいています。

例として、特定の年齢や自分の生まれ年の干支を不運な年と考える文化があります。このような文化は、年齢に関連した運命の考え方が根強いため、特に異質な反応を引き起こすことは少ないでしょう。

しかし、イギリス、中国、スペイン、ドイツ、エジプトなどの国々では、厄年に対応する概念が存在するものの、厄払いの手段としてはおまじないのような行為が一般的です。

日本の宗教的な儀式とは異なるため、日本特有の、神々や仏の力によって厄払いをするという発想は、海外では珍しいため、あまり理解はされないかもしれません。

世界的に見ても、宗教を厄年や厄払いに結びつける日本人の観点は特異なものであり、外国人にはその思想を完全に理解されないことがあります。

この独自性は、陰陽道という、中国の学問や宗教が神道や仏教の影響を受けて形成された日本固有の思想に起源を持ちます。日本では伝統的に、既存のものと新しい要素とを組み合わせることに長けているため、神道に海外からの様々な思想を取り入れてきました。

神道自体には開祖や経典が存在せず、日本の自然と共に自然発生し発展してきた宗教です。この柔軟性が、仏教や道教の思想を取り入れ、陰陽道が成立し、世界には珍しい厄年や厄払いと宗教が融合した概念が生まれたと考えられます。

海外の人々に日本の厄年や厄払いを説明する際は、この独特の宗教観からアプローチすることで、より理解を深めてもらえるかもしれません。

海外における厄年の年齢と厄除けの方法

各国には特有の不吉な年とそれを避けるための習慣が存在します。直接的に「厄年」や「厄除け」という用語は使用されない場合もありますが、不運とされる年齢は共通して認識されており、これが日本で言う「厄年」に相当します。

世界各地での不吉な年やその回避方法は、国によって異なる宗教観に基づいて多様です。また、不吉とされる年齢も異なり、共通の概念は存在しません。

  • 中国では、
    自分が生まれた干支が回る12年ごとに不運な年とされ、金色や赤いアクセサリーを身につけることで不運を避けるとされています。
  • イギリスでは、
    男性は4を含む年齢、女性は7を含む年齢が不運な年とされ、その年齢に相当する数の木の実を集めて3日間晒した後、燃やすことで不運を払うと言われています。
  • スペインでは、
    男性は24歳と44歳、女性は14歳と34歳が不運な年とされ、家族や友人の見守りのもと、その年齢に相当する数の馬肉を食べ、踊ることで不運を避けるとされています。
  • ロシアでは、
    9歳から79歳までの9を含む年齢が不運な年とされ、馬に乗り、周囲が歌う中で落馬することで不運を払うとされています。
  • ドイツでは、
    男性は4を含む年齢(4歳から64歳)、女性は9を含む年齢(9歳から59歳)が不運な年とされ、その年の数だけ小さな紙人形を作り、泥の中に立ててお祭り騒ぎをしながら人形が失われることで不運を避けるとされています。
  • エジプトでは、
    4歳から始まり4年ごとに不運な年が訪れ、50代まで続くとされ、隣近所の老人からもらった布の端切れを集めて作った衣服を身につけることで不運を避けるとされています。

厄年の由来はなに?科学的根拠はあるのか?

厄年の起源に関しては陰陽道に由来するという説が存在しますが、その実際の根拠は明確ではありません。

厄年と特定される年齢は、古代の天文学、風水、そして陰陽道における暦の知識に基づくもの、あるいは単なる語呂合わせによって定められたとされる説など、複数の説があるものの、その由来ははっきりとしていません。

厄年の概念は平安時代に貴族社会で生まれ、江戸時代には庶民の間にも広がったものの、時代によってその内容には差異が見られます。

具体的には、男性は25歳、42歳、61歳、女性は19歳、33歳、37歳が厄年とされています。

これらの年齢は、人が社会的な責任を担う成熟した時期にあたると捉えられ、幸運な意味を持つ「役年」と解釈されることもあります。また、人生の重要な節目であることから、特別な注意を促す目的で定められたという見方もあります。

歴史的な文献「人口から読む日本の歴史」によれば、18世紀から19世紀にかけての中央日本の農村社会では、男性の平均的な初婚年齢が25歳から28歳、女性は18歳から24歳の範囲にありました。これは、男性の25歳および女性の19歳が過去の平均初婚年齢に合致していることを示しています。

さらに、江戸時代の平均寿命が30歳から42歳程度であったとされていますが、これは高い乳幼児死亡率を平均化した結果であり、実際には10歳を超えると60歳前後まで生きることが一般的でした。この事実も、厄年とされる年齢が人生の重要な転換期に合致していることを示唆しています。

厄年に厄払いをしないとどうなるかは悩ましい問題ですが、厄年に関する概念は、古人の経験や知恵に基づいて形成されたものであり、その具体的な根拠は不明瞭ながらも、長い時間をかけて受け継がれてきた文化的な価値観を反映しています。

まとめ

厄年や厄払いという概念は世界中に存在しますが、それを宗教と結びつけて考える国は珍しいようです。

日本人の宗教観は海外に比べて柔軟であり、この点が理解されにくいかもしれません。

厄年の具体的な根拠や由来は明確ではありませんが、人生の転機や重要な役割を担う年齢を指すものとされています。

過去、生活がより厳しかった時代に、少しでも警鐘を鳴らし大切な人の幸福を願うために厄年の概念が生まれたとすれば、根拠が不確かでも大切にすべき伝統だといえます。

厄年が不幸をもたらす呪いではなく、重要な責務を負う人や人生の節目に立つ人が不安定になりがちであることを示し、気を引き締めるよう促すメッセージであることを理解すべきです。

先祖から受け継いだ知恵としてこの考えを大切にし、日々の生活に活かしていきましょう。

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